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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)489号 判決

控訴人 神農商工信用組合

理由

(証拠)を総合すれば、訴外松永賢之助は、昭和三二年一月一二日手形割引名義で金銭の貸付を受けるため、訴外大阪立川電化株式会社振出の金額各金二〇万円の約束年形五通を控訴組合に裏書譲渡した上、控訴組合より金一〇〇万円を借り受ける契約をすると同時に、交付を受けるべき借受金をそのまま控訴組合に定期預金として預け入れることとし、金額五〇万円、満期昭和三二年七年一二日、利率年五分一厘とする定期預金契約二口を締結し、控訴組合から原判決目録(一)記載の定期貯金証書二通の交付を受けたこと、そして、同年一月一六日前記約束手形が不渡となつた場合は右預金契約は無効とする旨の特約をしたこと、ところが、松永は、同月一四日、自己が代表取締役をしていた訴外新大阪電化株式会社が被控訴会社(ただし、当時の商号は株式会社利興商会)に対して現に負担し将来負担することあるべき商品取引上の債務などの担保のため右定期貯金証書二通を被控訴会社に交付して、右預金債権につき質権設定契約し、被控訴会社係員を通じて右両名連名の承諾依頼書により、被控訴組合の承諾を求めたところ、控訴組合の理事長北山末吉は同月一六日これに異議なく承諾を与え、その頃右承認依頼書の末尾に「右承諾いたしました」と奥書し、控訴組合の記名印と組合印を押して、これを右係員に交付したことが、いずれも認められる。

そこでまず右定期預金契約の効力について考えるに、前記認定事実からすると、松永は控訴組合からの手形貸付による借受金を現実に受け取ることなく、それをそのまま控訴組合に対し定期預金として預け入れたものであるが、それは、現金の授受の手数を省くため、当事者の合意により、松永が借受契約成立と同時に手形金額相当の借受金の占有を占有改定の方法により取得し、これを控訴組合に代理占有させ、さらに控訴組合は預金契約成立と同時にこれを簡易引渡の方法により松永の預金として占有し、よつて控訴組合が貸金債権を取得する一方、松永は預金払戻債権を取得したものとなす趣旨であると解されるから、このような場合においては、要物契約としての消費貸借は勿論、定期預金契約も有効に成立しているものと認めるのを相当とする。したがつて、本件預金契約は現金の授受がないから成立していないとの控訴代理人の主張は採用できないこと明らかである。

控訴代理人は「松永は控訴組合の組合員でないから本件定期預金契約は組合の事業の範囲外の行為として無効である」と主張するが、成立に争のない乙第五号証、前記証人佐藤竜治の証言によると、控訴組合は中小企業等協同組合法に基き設立された同法第三条第二号の信用協同組合で、その組合員に対する預金の預入をその目的事業の一つとするものであるが、右松永は前叙の預金契約を締結するに当り、控訴組合に加入し組合員の資格を取得したことがうかがえる(前記証人照尾林昇の証言中この認定に反する部分は信を置けない)から、この点の控訴代理人の主張も採用できない。

また控訴代理人は、前記の理由による右預金債権の不成立ないし無効を前提とし、前叙の質権設定の承諾の効力を種々争うけれども、松永が前記貯金証書表示の預金債権を取得し、控訴組合が松永と被控訴会社間でなされた右債権に対する質権の設定を異議を留めず承諾したことは、すでに認定したところであるから、右控訴代理人の主張もそれ自体理由がない(なお附言すると、前記約束手形の不渡の場合には右預金契約を無効とする旨の特約をしていたことは先に認定のとおりであるが、控訴組合が、被控訴会社の質権の取得につき異議を留めず承諾を与えている以上、右特約の存在を以て被控訴会社に対抗し得ないこと多くを論ずる要を見ない。)

控訴代理人は、さらに甲第二号証による質権設定の承諾の表示形式を捉えて、控訴組合の代表権限のある者を表示して右承諾の意思表示がなされていないから、右承諾は無効であると主張するけれども、右承諾の意思表示が上叙のとおり控訴組合の代表権限のある北山末吉理事長によつてなされている以上、その承諾書に代表権限のある自然人の表示がなくても、右承諾の意思表示は有効と解すべきであるから、控訴代理人の右主張は理由がない。

そうして、被控訴会社は訴外新大阪電化株式会社に対し昭和三二年五月一五日に最終弁済期の到来した合計金一四五万四、七〇〇円の商品売掛代金などの債権を有すること、その後、右両者間に調停成立し右弁済期が猶予せられたが、右訴外会社が調停条項を履行しなかつたので、昭和三四年八月一六日右債権の弁済期が到来したことは当事者間に争がないから、控訴会社は右債権の弁済を受けるため、質権に基き本件預金債権を何ら抗弁権のないものとして、控訴組合に対しその履行を請求することができるものといわねばならない。

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